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2016年3月

2016年3月11日 (金)

弥生  11日  5年

速いもので、震災から5年が経つ。この五年間に被災地は苦難の時間を耐え忍びながら過ごしてきたと言うのが実感ではなかろうか。地震と言う災害だけでなく原発の事故により、未だ自宅に戻れない人々が、国の無慈悲な政策に厳しい現実の生活を、過ごさなくてはならない心情は何もできない私の心にも重くのしかかり、暗澹たる気持ちの日々である。もう少し実質的な活動ができればと思うが、わが身が生きていくのに日々神経をすり減らしている、現状では、いかようにもしようがない。そうなのだ、この五年間は政治に振り回され、国の在り様そのものが大きく変えられてしまう危機が作られようとしている中で、人々の気持ちは東北の復興一筋に心を向けられないでいる。アベノミクスと外構安全保障政策は表裏一体であると、アメリカでの笹川財団の招きでのスピーチで首相が声高に自慢げに話す姿に知性の幼稚性を観てしまう。すなわち、アベノミクスで経済が上向きGDPが上がれば税収が増え、国防費が増やせると、堂々と富国強兵論を自慢げにスピーチするその下司の下心が見えてきた恐ろしさと、この国の危うさを感ぜずにはいられない。危険な時代が迫っている。そんな神経の人々に、苦難の生活を送っている被災者に、温かな手を差し伸べたり、涙したり、話を聞いてあげられる心はどこにもない。悲しいかなそれが今私が感じるこの国の権力者たちの姿ではなかろうか。後数時間で5年前の大災害の時が来る。合掌。希望。夢。の言葉をつぶやき、自分自身の戒めとする。

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