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2015年8月

2015年8月31日 (月)

葉月 31日 潮目

今日で8月が終わる。35度の猛暑にうんざりしていたら、なんと月末に近づくと、一転秋雨前線の影響か気温が急激に下がり、あの猛暑日はどこに行ってしまった家の感。夏休みの宿題の追い込みにはありがたいことではないかと思う。今年の8月は戦後70年と重なって安保法案の衆議院強行採決で、国民が戦争への危機感が募り、昨日は国会前に12万人のデモ。地下鉄の駅から外に出してもらえずに、至る所で警官との小競り合いが起こる。全国で100万人のデモとアピールが行われ、平和への祈りにも似た抗議デモ。この活動が、政治に無関心であった若者にも危機感が共有できたのか、政治への関心が高まった。参議院で再度、強行採決をされないことを見守るしかない。戦後民主主義の潮目になるかの正念場。来年の参議院選挙ではこのことを忘れずに、投票しなくてはいけない。心に念じておこう。

2015年8月12日 (水)

葉月  12日  暗澹

戦後70年と騒いでいる。戦争の責任を国民に詫びたことがない、政府とマスコミ。他国にはあやまるたびに、金をせびられ。進駐軍はいまだ大手を振って日本の行く末を支持し、コントロールし、金を巻き上げやりたい放題。その上中国や北朝鮮との有事の時には、自衛隊を矢面に立て、戦いたいために、法案を変えようとしている。敗戦から70年間はこれほど惨めで、情けなく、誇りを持てない国に成り下がってしまったのだろうかと、ここ数か月の読書から感じる次第である。戦後史の正体・敗戦永続論・敗北を抱きしめて・日本は何故基地と原発を止められないのか・死都の日本。こんな本を読んでいると暗くなるのは当たり前だよなー。今週はお盆週間、少し気温が下がり過ごしやすくなったと思い気や、湿度が高く、気分はすぐれない。孫が手足口病に罹り、発疹はひどいが発熱は一日で下がり、今は元気にしている。長女が今月末に亭主の実家が有る秩父に引っ越して行き、そのあとに次女家族が引っ越してくるので、築24年の我が家の大改装が始まった。暫く職人さんの出入りで騒がしくなるが、これが終わると、私ども夫婦も爺婆的生活に入ることになるのだろう。ゴルフにテニス、マージャンで過ごす晩年。

2015年8月 7日 (金)

葉月  7日  同居



長女家族がが8月末に、ご主人の実家のある秩父に引っ越し、そのあとに次女家族が引っ越してきてくれることになり、老夫婦は二人だけの差にしい生活を送らなくて済むのだが、次女が、この家を相続していくことになるので、我が家4回目の改装工事が始まる。築23年、屋根の全面張り替え、外壁の塗り替え、一部間取りの変更と3か月間の工事となる。暑い盛りなので少し居住環境が悪くなるのが、憂鬱であるが、おじいちゃん孫のためならばと我慢するしかないかと納得せざる得ない。 その上軽いぎっくり腰が下腹部の筋に影響しているのか、重いものを持ったり、過度の作業をすると痛みが走る。人は癌の疑い有りだの、脳溢血に注意したほうが良いなどと忠告してくれるが、本人は臆病風が吹き、医者での精密検査は、避けている。ただ体重を60キロ台にしようと考えて節制しているのだが、後3キロの壁が乗り越えられない。来週からお盆週間、民族大移動が始まる。今年は中軽井沢に25年前に設計したお施主さんからお誘いが有り、愛犬と二泊三日の旅行を愉しむ。ゴルフ仲間も増えたので、これからはつき2回のプレーを愉しみ少しずつ上達していきたいという、野望が有る。まさしく野望なのである。ほとんどの球技は無難にこなすのだが、この小さな玉と棒の振りぬいてのコントロールの儘ならなさゆえに、野望と言うことになるのである。月末から理事長杯の予選が始まる、2度目の制覇に向かって意気込みは上々。

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2015年8月 3日 (月)

葉月  03日  酷暑

第一声が 暑ーい。夏だから当然と言えば当然なのだが、局所豪雨だったり竜巻であったりと、帰所の変化がすこしおかしい。経済至上主義の副産物と言えないこともない。これからは開発途上国が経済発展してくると、この気象がどのようになるか注視しておかなくてはいけない。話題には事欠かない昨今であるが、当たり障りのないところでお天気の話となったが、心中は穏やかではないが、最近少し成長したのか、あきらめの心境なのか、状況が良い方向に向いていないと感じても、穏やかに対処できるようになった。歳のせいだけでなく、現状認識を穏やかにとらえることができるようになってきた。何故なら、これほどめちゃくちゃな権力者たちの行いを、毎日のように報道されていると、少しは賢くならないと胃に空いてしまうからである。月例で久しぶりに95を切ることができた。このような小さな日常を愉しみ、充実させていくことぐらいしか、頼りないご時世の中で時を無意味に過ごさないことの意味がある。

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