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2012年10月 3日 (水)

神無月 2日(火)  司法

晴。午前中、税理士事務所の担当者M氏が来所。決算資料一式渡す。今年度も何とか過ごせたが、社会情勢はなかなか厳しいものがある。来年度の見通しは楽観はできない。ただ頑張るのみ、いろいろと活動している事が少しでも芽吹き花になってくれれば万々歳だが。

夜、溝の口のてくのかわさきまで行き、「国立の景観市民運動を学びなおすつどい」Ⅱ出席して、元国立区長の上原女史から明和マンション訴訟の一部始終を聞く、区長時代に区民のために良かれと思いやったことが、区長を退いてから、住民から区に損害を与えたということで訴えられ、前代未聞の判決が下り、3000万円近い個人賠償を負わされてしまったと言う、信じられない判決。行政の長が区民の大多数の意見を尊重して国立の景観を守るために行政の指導がマンション業者に損害を与え会社の信用を著しく損ねた、よってくは賠償金を払え、そして市が払った。その後区長が退いたら上原さん個人が市民から区が払った賠償金の責任を追及され訴えられ判決で負けてしまった。私はこの話と事の顛末を聞いていて、この国の司法がこのような事件の時に、判決を下す判断の拠り所となっているのが何なのかしりたくて今日の会合に出たので有る。思うに、日本の司法は3権分立と言いながらその根底に有るのは国家がかかえるその時代の国家に都合の良い空気感ではないかと思った。国民を守るための法律ではなく、国を守るための基本的な判断が拠り所となっているような気がしてならない。すなわち、資本主義国家の有り方が全てにおける上位概念である。すなわち国を支える公僕たち。および国家財政を支える大企業の存続が優先されると言うことでは無いか、国民はそれを支える為の駒であり、働き蟻であれば良い、その蟻たちが英気を養い、心の安らぎを得るための秩序有る、環境や歴史、文化は経済原理の前では下位概念としてしか捉えないというのがこの国の3権に共通する考え方だと悲しいかな私は理解する事にした。出なければこんなとんでもない判決が下される分けが無い。思いは深く寂しい帰宅であった。地方分権、区民の区民による区民のための自治はまだ遥か先に形も見えない状態で佇んででいるのだろうか、幻でも合っても良いと期待してまた一歩、歩を進めなくては。仲間と共に。少し疲れてきたが。

帰宅22時。途中夕食がまだだったので立ち食い蕎麦屋で桜海老天ぷらそばを食す。今日は久しぶりにアルコールナしかと思いきや、入浴後誘惑に負け氷たっぷりのオンザロックで日ハム優勝のニュースを見ながら暫く秋の夜長を愉しみ、就寝24時半。

Dscf3387 我家のお嬢さんは何の夢を見ているのだろう。癒される。

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