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2012年8月22日 (水)

葉月 21日(火)  国家

晴。一日事務所でI邸のスケッチと、事務ワーク、原稿書き。帰宅19時。3人で夕食。就寝23時半。決算が近づいているので帳簿の整理を少しずつだが始める。今期も僅かだが黒字決算になりそうだ。相当経費を削減して緊縮財政でやりくりしているので、黒字になってくれなくては困る。さて、ちょっと政治の世界に目を向けてみると、こんな見出しの記事をみ付けた「原発反対デモより、竹島や尖閣の対中・韓に対するデモをやるべきではないか」と、あきれ果てるほどレベルの低さと、的はずれな記事。この問題はそれぞれの国が「俺の島だ」と主張しているようだが、解決は今のような主張ではありえないであろうと思う、下手すると戦争になるかもしれないような事をいう評論家もいる。これもあきれ果てる。もう少し冷静に話し合いをし、お互いの国にとって、若しくはこの地球という星がこれから長い間、この地球上に生きる人々がいかに平等に生きて行くかそのためには、国家間の利益や変なナショナリズムによって争いあい殺し合いということが前世紀の人間の最大の過ちであることを地球上の全ての人々が共通の認識として持ちえるための、簡単に言うと、富の分配を可能ならしめる国家間という意識でなく同じ地球人として考えていこうという、明るい未来を夢見る思考にならないのだろうかと思ってしまう。一国が繁栄し豊かな生活を享受する時代ではないと考える。地球の資源が人々を豊かにし健康で明るい未来を夢見て生活できる物であるとするなら、それは一国が俺のものだと言って、戦争まで起こしかねない事ならば、それは人類が今まで何度も戦争という負の教訓からひとつも進歩していないということなのだ。それはあまりにも人間として情けないと思わざるを得ない。もう少し対話をし知恵を出し合い未来の人々への輝くお土産としての平和な国家間の固い繋がりを結ぶ事が出来ると思うのだが、今、多くの教訓の中から人類はその一歩を踏み出せる時代になったのではないかと考えるのは、浅い、甘っちょろい考えなのだろうか。

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