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2011年11月28日 (月)

霜月 27日(日)  検証

晴。昨日よりか幾分暖かな一日。千倉の海小屋に久しぶりに一人で行き、後片付けと家具のレイアウト。使わなくなった椅子を屋根裏に乗せる。観葉植物を東京の自宅に持って帰る。冷蔵庫の中の賞味期限が近いものを持って帰る。前の畑の意地悪ばあさんが地境に敷いたレンガが敷地から少しはみ出ていると文句を言いに来る。この方、雑草が敷地からはみ出ると、刈って敷地の中に投げ込む。なかなか根性の座ったみみっちさ。午前中で作業を終え、有り合わせで昼食を済ませてから、デッキテラスに寝椅子を運び出し陽に当たりながら本を読む。「ショック ドクトリン」。現代史に対する強烈な問題提起本、考えさせられる事、大。この地球号は今後どのような方向に向かうのだろうか。大阪ダブル選挙、橋下氏率いる、維新の会が圧勝。国民の意識の高揚が良く分かるが、肝心の政治が反応鈍し。「NHKスペシャル」、原子力事業にかかわってきた人々の証言番組を見る。安全神話の上位概念から抜け出せないまま起きた人災の色を濃くした証言の数々。安全を少しでも脅かすような規制は地元住民の不安を掻き立てることに繋がり、事業がスムーズに進まなく成るだけでなく、規制による対策費として膨大なお金が東電にかかる話。規制を法制化して安全基準のマニュアルに入れずに東電の自主判断に委ねた、原子力委員会と通産省。今事故がおきて考えると、3者の責任と安全神話を天下玉条のごとく、上位概念として捉えてきた原子力事業はこの国にとてつもない負の遺産を作ることになってしまった。これは勝手の太平洋戦争における開戦を含め、散らせずに済んだ多くの若者の命を軽んじた、帝国陸軍の上層部の考えと同じパターンである。歴史は繰り返されるが、歴史から何も学んでない。そこには確かな検証が行なわれないまま、時間と共に忘れ、薄れて行く日本人の特異な体質がそうさせているようだ。「ショック ドクトリン」。頭の片隅においておかなくてはならない、現代史批評。

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