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2010年9月22日 (水)

長月 21日(火)

晴。夜、長いことごみ問題をテーマに行政と格闘している友人に久しぶりに会い一杯やる。東京湾の埋め立て地から排気ガスより数倍高い濃度のガスが湧き出てきている、そのメタンガスのガス抜きパイプが108本有り、大気汚染の原因を作っている一方で、ジーゼル車の規制をしたりして、環境都市東京を高らかに歌い上げているのは、いかがなものかと思うと語っていた。都市には負の遺産的なものが沢山あるだろうと推測するが、それはこの国の報道の姿勢を考えると何か事件が起きない限り、表立った問題として出てこないだろう、権力や権限を持った組織や個人は正に隠蔽の世界を持ちつ持たれつしている部分があるような気がする。不正義だが国民が無関心である限り、彼らはその甘い世界で楽して過ごしていくことだろう。権力の話を書いたので検事の証拠改ざん事件の話を少し書いてみる。この事件は一検事の逮捕で幕を閉じて良いのだろうか、小生は組織ぐるみに作られたシナリオの中で起きた事件ではないかと、思ったりしている。法の権力をもった組織がこのように証拠品を改ざんして、無実の人を貶め、犯人に仕立て上げていく体質がもし、この国の権力機構に潜在的にあるとするとこれほど恐ろしいことはない。民主主義の根幹を揺るがす事件であり、権力機構の正義が試されていく事件であると考える。このようなことで、冤罪でこの世を去っていってしまった人がいないとは言えない。もし権力のあり方がこのようなことがあるといえるなら、死刑廃止論をもう一度論じ考えなければいけないと考える。人は間違えを犯すものだという前提でこの問題を再考したい。しかし「正義のはなしをしよう」という著書が大ベストセラーになっている時代に、この国がぐずぐずと崩れている現象はどのようにして止められるのだろうか。だれか、教えて。

歩行数7312歩 走転距離5.4㌔ 帰宅後、娘がこの2週間罹っている、片付け病に付き合い一汗、今朝も屋根裏から不要になった物(娘の判断)を下ろす手伝いをさせられる。AB型なので気が乗ると徹底的に片付けだす、お陰で家の中が綺麗になり、すっきりするのはありがたいが、家内はその逆なので、「あれがないこれがないと」騒いで、娘とぶつかり合っているようだ。確かにいつ使うとも知れないものを摂っておいてもしょうがにといえば言える。スッキリすると涼しさ感が出るので娘の功績もこの長引く残暑には多大といえる。

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