2017年3月15日 (水)

弥生 15日

弥生の春に・・・。

 

 今の問題は、前世紀にも度起きたことだ。じようなプロセスを経て、国家は悲劇的結末に陥った。191020年代の、「大正ルネッサンス」の崩壊と、90年代の「平成不況」は類したものだ。どちらの介も柔軟のな政府と教育が、自由と独創性の時代を圧した。二次世大戦の前に日本を軌道に転ずるう仕向たメカニズムは、ひたすら国力大だけを標にした制であった。

今回も同じである。

「日本のパラダイム」とは「強国・貧民をい、過去に、海のオブザバーはこれをうらやましく思い続けてきた。こパラダイムの美徳は国民が大きな犠牲うことにより、国家の経済力が増してくことでる、し、今こそこのパラダイム見直し、日木のコンクリわれた川、ゴミゴミした街、融界の振、ハローキティー」化れた文化ぽらしト、公園、そして病院などをることが必要だ。日本はいったいなぜこうなってしまったのと考える時、と生け花世界らひとつ答えが得られる。先日、ある道家に質問た。それはい間、気にかかってたことだった昔ながらの生け花と奇抜な今のそとのいは何のかビニールの使用、花と葉がホッチスで留められ、り曲げらるようマニュアで示さX度のなどをは変に思うが、る意でこれらはすべて伝統に由来するものなのだ。ではその決定的なとは。人の答えは、現代の生け花には「実がない」といものだた。伝統的な生け花には宗教上あいは儀という目的があった。昔の人々は自然神秘に尊敬の念をっていた。宇宙の創造力にあふれた息吹を見出し、応えるための手段として生け花を用いたのだしかし今それも失われ、単なるり物としての目的し持たず、植物や花そのものの本質を問うことはない代わりに、花は生手の気まれなニーズに応えるためだけに使われる、ビニールや針金などの材料と、ほとんど変わない「素材」としてわれてい要するに「実」もなければ精神的な目的もなく、自然が本来持つ力通ずるものも何もない、ただぽなザインなのだコメントは問題の核心をつくものあった。というのも、がないとうのは現代日のすべての事柄にも言える。土木工事(目的もなく進める)、建造物(周の環境とニーズに無係)教育歴史や方程式を暗記させヽ独自の創造力や分析力を教えない)街並み(古きを壊す)、株式市場配当を払わない)、不動産利潤を生まない≒大学就職までのつなぎ・会に貢献しなど、国際化六世界を締めす)、官僚制真のニズに関係ないところで金を使う)企業のランスシート(粉飾決算、環境省(環境保護に無頓着)薬品(テストされていない模倣薬)、情報(曖昧秘密、)空港(人間に適さず、大根には適す)―体系全体に「実」がないのだ本のものごとやり方と、現代生活との間には、内外を問わず予想をはるかに超えたギャップがあるとしか言いよがないだから、私は日本を近代化に失敗した例である申し上ている。手の込んだ「のモュメントはの重みに対する一種の防護壁なのだしかし、最後は「実が勝それでも地球は太陽の周を回るから。典的な近代化論」では、日本は西洋から入ってくる新しい発想をうまく取り入た国なっているが、ほんうはこらの発想と長きにわり苦い戦いを繰広げたのだ。30代とに、初期の大きな功が、時間が経つつれ惨劇に変わってしまうというーンを、今再びくりくりか初期段階では、日本はたしかに西洋の発想を上手に取入れ、独自方法でごとな果をおさめるつい最近まで世界中が日本の品質管理、製造、経済そンダイジングのニッ研究してたことを忘てはいけない。ししながら第二段に及ぶと操縦にギヤをり替え、その時新しい発想をれな。既存のシテムにってしう。方向を変られ人がいいから最後行き過ぎ、座礁てしまうのだ。の問題は立ち上りにくい、打開す道はあるそれ「実」を持つこだ。日本が立ち戻らなくてはならない「実」とは、かならずし西洋で見られる真実ではなかもしれない。日本独自の精神といったものでろう。本書の中でもくりかえしご覧いただいたが、昨今「本的」なものの典型として罷り通ってるものーえばの付かない金や失敗することのあり得ない会社―など、西や威勢の良い商人には考えつかなかっことだ。マニュア化された生け花は本来の花を完全に否定したものだ。仰々建築繊細な美意識とった伝統への屈辱でコニコグッズは、能。俳句、石庭など、洗練さた大の文化から見れば情けな終演だ。土木工事の狂乱が大昔から尊んできた聖なる土そのものを壊してる。「実との戦いの結末、日本文で最大事なのを引き裂き、そして消滅させる結果となってしまった。日本が本来の姿からか離れたこと―それが日本人が憂えていることだ。過去の世紀に、日本の課題は鎖国から脱却し、世界で活躍することだった。それにみごと成功し最も力のある国になった。しかし、この成功はその裏に途方なく大きい代償を伴ったものであった。

日本は日本でなくなった。

家路を探し求めるーこれが今世紀の課題だ。

アレックス・カー 著書 「犬と鬼」 結論から抜粋

 

 

 

2017年1月 1日 (日)

2017/01/01  賀春

2017


事務所を開いて40年の年です。

何とか頑張ってこられたのも、皆様に支えられてきたからです。

50年目指してさらに躍進していきます。

黒木実

2016年6月14日 (火)

2016・06・13

参議院選挙の結果次第ではブログを再開するかもしれません。未来への夢が見られる状況の気配が感じられれば、思いを綴っておくことも必要ではないかと思ったりする。自分自身の日記として。

2016年6月 2日 (木)

2016・06・02

しばらく、ブログをお休みします。近況はFBで断片的に載せていますので、FBの友達リクエストをお願いします。顔写真、本名がきちんと漢字で記載していない人は、リクエストを拒否することがあるかもしれませんのでお許しを。何故ブログを休止するかは、ここでは書きません。一言書くとすると、世の中あきれることが多すぎて、現況に大変な違和感を持っています。ブログに、ご時世の心境を書こうとすると、憂鬱になってしまうからです。時には意に反して攻撃的な心情を表さなくてはならなくなり、やるせなくなります。FBでは4コマ漫画的感覚でシェアしたり、身の回りの出来事を掲載しています。友達との近況報告の手紙的楽しみ方です。

2016年3月11日 (金)

弥生  11日  5年

速いもので、震災から5年が経つ。この五年間に被災地は苦難の時間を耐え忍びながら過ごしてきたと言うのが実感ではなかろうか。地震と言う災害だけでなく原発の事故により、未だ自宅に戻れない人々が、国の無慈悲な政策に厳しい現実の生活を、過ごさなくてはならない心情は何もできない私の心にも重くのしかかり、暗澹たる気持ちの日々である。もう少し実質的な活動ができればと思うが、わが身が生きていくのに日々神経をすり減らしている、現状では、いかようにもしようがない。そうなのだ、この五年間は政治に振り回され、国の在り様そのものが大きく変えられてしまう危機が作られようとしている中で、人々の気持ちは東北の復興一筋に心を向けられないでいる。アベノミクスと外構安全保障政策は表裏一体であると、アメリカでの笹川財団の招きでのスピーチで首相が声高に自慢げに話す姿に知性の幼稚性を観てしまう。すなわち、アベノミクスで経済が上向きGDPが上がれば税収が増え、国防費が増やせると、堂々と富国強兵論を自慢げにスピーチするその下司の下心が見えてきた恐ろしさと、この国の危うさを感ぜずにはいられない。危険な時代が迫っている。そんな神経の人々に、苦難の生活を送っている被災者に、温かな手を差し伸べたり、涙したり、話を聞いてあげられる心はどこにもない。悲しいかなそれが今私が感じるこの国の権力者たちの姿ではなかろうか。後数時間で5年前の大災害の時が来る。合掌。希望。夢。の言葉をつぶやき、自分自身の戒めとする。

2016年2月12日 (金)

如月  12日  恐慌

6日で六八歳になった。末広がりの数字が二つ並ぶ。今年は大きなすべての分野において、潮目を感じる年になるようだ。政治経済は既にその兆候が如実に現れだしていて、人々の閉塞感はより増している。足をしっかりと大地に広げ、世の中の荒波や強風に耐えろと言うことを暗示しているような末広がりの歳回り。受け入れましょう傾き倒れないように。と言うしかない。ここで「負けてたまるか」と言うと68の男にとっては青臭いのでやめておくが、何となく戦後経済戦士として熾烈な社会の中で生きてきたことを思うと、寂寥感に苛まれ、ついつい上を向いて歩こう気分にはなれない淋しさ。3・11から5年経つ。経済優先で進められてきた、原発事業がこのような不始末で失ってしまった国土の責任ははっきりとしてくれないとやり切れない。尖閣諸島の比でない国土の損失。それなのに何の手当もせずに5年。一方失った国土の数パーセントの広さしかない尖閣問題を契機にして、戦争法案、や秘密法案などが次から次へと採決され、きな臭い国へと変貌しようとしている。やるべきことの後先が逆だろうと叫びたくなる。そしてこんな状況の中、株の大暴落。そして消費税の改正等など。こんな様相の世の中で、上を向いて歩けるわけないだろうと憂いてブログは終わる。明日は友人とテニスをして、梅祭りに行き、すし屋で一杯。ささやかな幸せを感じる週末の午後。ひとりひとりが頑張るって、こんなところの気分から生まれるのかもだよね。

2016年1月28日 (木)

睦月  28日  FB

やっと本格的な寒さがやってきたと思いきや、長続きしない。ありがたいことであるが、世界的には異常気象のようである。エジプトで110年ぶりの積雪が有り、ピラミットが真っ白な雪景色、悪くはないが、びっくり。揚子江が1100キロにわたって凍結、これほど壮大な現象が起きると、氷河期の到来かと騒ぎだす。全て人類の無法がしでかしたことなのかもしれないのに。このようなことを人間の曲事と言う。馬鹿でね人類は。一方で科学の進歩が人間体内の未知なるものを発見とのニュース。なんでも脳内に末梢神経なるものが、隠れていたとのこと。この神経を詳しく調べていくと、認知症などの不治の病とされている神経系の役割が解明できるとのことのようだ、詳しくは検索で探して。いよいよ半年後には仕事がなくなるのではないかという状況になってきていたが、新たに3件の事務所としては少し大きなプロジェクトの話が来た。まとまるまでには2~3ケ月かかるだろうが、ありがたいことである。ブログを書く機会が少なくなっているが、FBが手軽なのでこちらで心境を吐露したりして、ストレスを発散している。今月は本を3冊読む。特に明治維新から近代までの権力者たちの闇の部分が解き起こされてきていて、その手の本がなかなか興味をそそる内容なので読みかけ中の2冊を含めると5冊読んでいる。なかなか面白く睡眠時間が短くなってしまっているのが気になる。気になると言えば一時良かった血液検査の数値が幾分高くなって、体重も2キロほど増えてしまったのが気になる。正月太りかもしれないが。

2016年1月 6日 (水)

正月  06日  波高

天気温かく世界情勢の波高し。新年早々、サウジとイランの国交断絶、北朝鮮の水爆実験、中国の景気減速による世界同時株安。今年も何が起きるか分からない世の中を象徴するような、新年早々のニュースが世界を駆け回る。だい3次世界大戦は既に始まっているとの話もある。火薬を使わない戦争、サイバー戦争が生む、局地的な民族対立のきな臭い戦争、そのすべてが、サイバー戦争の一端と考えられなくもない。戦争屋、若しくは武器商人たちはサイバー戦争になると、手持ちの兵器が在庫品になってしまうので、慌てて棚卸をして、地域対立に格安提供。なんと恐ろしい連中だ。そんなことを考えていたら、東京新聞に日本も中古兵器を輸出するとの記事。あくどいユダヤ商人たちはどこまでも金もうけに走る。人の命より金、私には理解できない亡者たちの蛮行。人はいずれ近いうちに滅びる運命なのかもしれない。新年早々の暗くて、憂鬱なブログ。私の心も波高し。溺れまい。

2015年12月31日 (木)

正月    元旦   新年

明けましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。
今年はどんな1年になりますか。
やりたい事、やるべき事はたくさん有りますが、のんびりとひとつひとつ
愉しく、悲しく、嬉しく、情けなく・・・、なるべく怒らず、腹を立てずに...
ブログに向かい合っていきます。
皆様よろしくお願いいたします。賀状をSNSで失礼いたします。

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2015年12月21日 (月)

師走  21日(月)  年齢

毎年恒例になっている日大三島での先輩、後輩による忘年会。流石にみんな歳を重ねてきた風貌が、年々その度合いを強くしてきている。当然飲みながらの話は病気の話とゴルフや山歩きの話。新たな共通のお遊びの話が出てこない。進歩がないと言うより退歩はしていないが、参加者が年々減る。それぞれご事情はあるだろうが、年一度の事であるので、歳を重ねるように参加者も増え、青春時代を大いに語りたいと思っているのは私だけだろうか。週末は忘年会の3連荘愉しいひと時とともに考えさせられること多々あり。久しぶりによったスナックでは飲んだワインが1本と簡単なおつまみで、お代が1万円、ちょっとケチのようだがびっくり。下地もだいぶできていたので当然美味くなく不愉快。このようなことで付き合いは終わる。我が家の改装も終わり、賑やかな毎日、孫が成長していく姿を爺婆の立場で両親と見守る幸せ感を、どのように自分の余生に活かしていくが、これからの時間の流れの中で考え、勉強していかなくてはいけない。そのことが刺激であり楽しみである。世の流れはますます激しい流れになることが予想される中で。


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2015年12月 9日 (水)

師走  09日(水)  宴会

昨夜はザ・ハウスと言う建築家紹介をしてくれる会社の忘年会。50人の住宅設計の達者な人々が登録されていて、年に何軒かの設計依頼が有り、事務所の貴重な仕事受注につながっている。2次会までお付き合いして帰宅24時半。まあ、よく飲んだものだ。多分ワインを3本は飲んだだろう。それでも6時半に目覚め、朝食をしっかりとって、上用賀の桜並木の落ち葉掃きに行く。今回初めての参加。1時間ほど20数名の方が沿道をお掃除。この試みは世田谷区との協働事業である「みどり33応援団」の活動の一つで、今年から、甲州街道のケヤキ並木、成城地域の銀杏並木と桜並木のお掃除グループが参加して行われている。お天気に恵まれ気持ち良い、ボランティア活動でした。今日の夜は「建築家住宅の会」の定例会と忘年会、酒豪の集まりなので、どうなることやら。明日は軽井沢にいかなくてはいけないので、深酒は避けたいが、どうなることやら。

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2015年12月 8日 (火)

師走  08日(火)  再生

週末は「公共施設のあり方を考える、学生デザインシャレットワークショップ」に参加。一日38名(3大学)の学生たちと時間を過ごす。「建築界のシールズ」になれと藤村講師の話で始まる。広く世田谷区民にこの問題を知っていただきたい。来年1/20は提示された4案のプレゼとシンポジウムが行われる。
是非皆様参加してください。

今週から忘年会が続く。体力勝負。暴飲暴食注意。

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2015年12月 3日 (木)

師走  04日(水)  休暇

昨日、建築家の鈴木和貴さん(JIA・UD部会長)と鎌倉2人旅を楽しんできました。鎌倉近代美術館を見学して、八幡様を参拝その後由比ヶ浜商店街の街並みを観ながら大仏さんに、すぐ近くの長谷寺に行き商店街を戻り、途中、ちょっと気になった、イワシ料理専門(大当たり)の料理屋さんで昼食、日本酒を少し飲み、のんびりとふらり旅、30年前に手掛けたN邸、I邸、Y邸を見て妙本寺へ、すぐ隣のI邸を見て本覚寺(屋根の葺替え中)を観る。駅に戻りコーヒータイム。1時間ほど歓談。鳩サブレと落雁をお土産に買って帰宅。18時半 癖になりそうな一日の過ごし方。

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2015年12月 1日 (火)

師走  01日(火)  再生

次女家族と住むため、我が家のリフォーム工事も。あと3日で終わる。すっかりと娘のイメージに大変身した空間は、以前とは比べ物にならないくらい、陽が燦々と入り明るい。娘夫婦も喜んでいるので、ひと安心。これから孫を交えた若い世代の日常が、老夫婦の日常の刺激となり、余生の愉しみと励みを与えてくれることだろう。老いる訳にはいかない。そんなことでやっと静かな生活に戻ることができるのであるが、師走である。時の忙しさが始まる。なんと今年は忘年会が7件あり、会合が5件という、アフター5の忙しさ。さて来年はどんな年にするかの、下地作りを始めておかなくてはいけない。鬼に大笑いされるかもしれないが、大きな時代の潮目に懸ってきている予感がしているので、潮目の流れをどう読むかである。流れを読むことができれば苦労しないのだが、潮目が素直な流れでなく、渦を巻いているところが厄介である。渦を起こしている正体は薄々分かっているのだが、これがなかなか手強く、時代の良い流れに乗ると、今までの心地よさが崩れてしまうのではないかと言う、恐怖感のようなものを持っているようなので困る。劣化し形骸化した渦であるがしぶとい。来年の7月にはその流れの方向が示されるので、渦を停めるように一人一人が心して義務を果たすしかないのだが、のど元過ぎれば暑さ忘れてしまう昨今の高齢者や我関せずの若者も多いので変えることが難しい。メディアは圧力を掛けられ弱腰なので、力にはなり、憎いのでFBなどを使って、転覆を図るしかない。戦後70年の体制からおさらばして、再生計画を練り上げていかなくてはいけない。

2015年11月18日 (水)

霜月  18日  光陰

今年も残すところ一か月ちょっとになった。光陰矢のごとし、早い、何せ時間が経つの早い。建築家住宅の会、税理士事務所所員が来て、決算の報告。相変わらずの自転車操業の厳しい数字。税金の高さにやる気が薄れる、と言っても払うものは払わなければならない。正しく使われてない税の事を考えると悔しいけれど。有楽町の朝日ホールでの講演会に出席。西鋭夫氏の講演。戦後70年で日本が失ったものとは。週末、隣に住んでくれることになった次女家族のリホームの現場をのんびりと見学しながら打ち合わせ。隣家のマンションの解体も後数日終わるようだ。日曜日10年前に手掛けた住宅の不具合の打ち合わせ。午後友人のお宅にお邪魔して麻雀を久しぶりに愉しむ。S氏の術後の経過も心配であったが、日に日に回復しているようで、ゲームを重ねると脳の働きが活性化されてきたのか、目の輝きと強さが、こんにちはと玄関を開けた時の弱弱しさが薄れて行っている状態に、家内と喜ぶ。夕食をご一緒させていただき休日は終わる。週が明け、杉並の2所帯住宅の地鎮祭、夜、勝浦に別荘を計画しているクライアントが経堂まで出てきてくれて、焼き鳥屋で親交を深める。日本酒4合、帰宅23時、それでも3時半には目が覚め愛犬と散歩に出る日課。夜みどり33応援団の会合。タフである。今週末は大腸の内視鏡検査2年ぶり。ポリープがないことを願う。

2015年11月10日 (火)

霜月  10日(火)  会合

先週は会合が多く、多くの人と交流。街づくりの仲間たちの定例会、友人のライブ、八王子での新規のクライアントへのプレゼ、お庭にたわわに身を付けた大きな柿のお土産付き、弁護士会館での行政監査請求のお勉強会、北沢タウンホールでの北沢デザイン会議、夕方事務所で黒木主催の会議、今回は「農業こそエロスだ」の副題で、都市計画、都市整備、まちづくり条例を考えるで意見交換、オマケはTPPの話と思ったが、講師が家族のご不幸が有り欠席、次回にお話をお願いする。休日は行政との協働事業、みどり33応援団での落ち葉掃きの前夜祭、他団体との意見交換。降る雨もだんだんと寒さへの序曲を奏でるように、淋しい降り方の様相。夜家内がお友達との会食に出かけているので、一人鳥鍋を作り英気を養い、身体を温める。錦織、松山の怪我、唯一楽しみにしているヒーローがテレビからそうそうと消え、つまらない週末のテレビ観戦。それにしてもジョコビッチは強い。

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2015年11月 6日 (金)

霜月  6日(金)  独裁

アメリカのポチよろしく、我が国のボンボン首相は、海外で気前よく我々の血税をばら撒いている。感覚の違いと言うか多少お頭がよろしかろうとは言えない人が、独裁的に政治を推し進めた先の国民の悲惨な状況は、この国では歴史が証明しているのであるが、再び暗澹たる気持ちにうちのめされてしまう時代が来ているようだ。具体的に書き連ねるととてもではないが長文の嘆き節になってしまうので書かない。孫と過ごす老後のユートピアがなんてとんでもない話で、老老介護や高齢者の生活破綻がニュースで聞こえてくるたびに、ボンボンが海外で散在しまくっている現状に怒りを覚える。なんと情けなくいやしい権力者に支配された国になってしまったのだろうか、この文章さえ、官憲に見つかり、国家転覆罪の濡れ衣をかけられ、汚名の下、逮捕留置と言うことが平然と行われる可能性が0で無くなった、民主主義国家。おーなんという喜劇なのか、悲劇なのか。

2015年11月 2日 (月)

霜月  02日(月)  初冬

ハロウィンで週末の街は大仮装大会の様相。世界中からこの光景を観に観光客がやってくると言う珍現象のお祭りに定着してきたようだ。クライアントと中目黒のシェアズマで会食、家内も御招きいただき、楽しい会話と東シェフのお料理とソムリエが、選んでくれたワインで大変幸せな時間を過ごさせていただきました。週末は午前中事務所で展開図の打ち合わせ、午後から玉川エコタウンのシンポジウムに参加。帰宅後家内と二人で夕食、些細なことで口げんか、歳をお互いに重ねてくると、なかなか妥協をしないので、ついつい喧嘩になってしまう。まあ、老化防止の頭の体操と思えば、良しとしておかなくては、後腐れが残る、それにしても女は歳とると口やかましくなるのは、我が家だけの現象であろうか。休日はゴルフクラブの月例会を好天の下、楽しむ。2年ぶりの優勝。ドライバーが最悪であったがアイアンとアプローチが冴え、スコアーがまとまる。帰宅すると長女と孫が秩父から遊びに来ていて、久しぶりに一人歩きまじかの孫と遊ぶ。大陸からの前線の影響だ気温が下がってきているようなので、屋根裏からガスストーブを出してきて冬の到来に備える。木々から紅葉していた葉が落ちだし初冬の風景が庭を騒がしくしている。

2015年10月29日 (木)

神無月  29日  気持

実に早く時間が過ぎて行く。毎日決まったように4時間の睡眠で目が覚める。何時に寝ても変わらないので、なるべく24時近くに寝るようにしている。そうしないととんでもない時間に目が覚め、寝られなくなるので時間を持て余し気持ちが滅入る。4時に目が覚め、ベットの中で1時間ほど本を読み、その後愛犬と砧公園に散歩に1時間ほど行く。木々から放たれた、朝の新鮮な空気を思い切り身体を動かして吸い込む気分は何となく気持ちを和らげてくれる、愛犬もリードを外され、木立ちの中を気持ちよさそうに走っている。銀杏の実が拾う人もいなくなった木々の間にどんぐりと一緒に散乱している。いつか好みたちの中から時間を重ね大木になっていくのかと思いをはせると、地球と言う惑星の素晴らしさに、改めて感謝の念を持たざるを得ない。こんな素晴らしい惑星を我々人類は、これほどまで痛めつけ、人々は争い、己だけが、我が国だけが豊かになり、幸せになれれば、戦争も、テロも、殺人も、差別も、いじめも厭わない我々人類の情けなさに気持ちが滅入る。どのように生きるか自らに問うたこの2,3日の気持ち。歳だなー。

2015年10月26日 (月)

神無月  26日(月)  木枯

昨夜、木枯らし1号が吹き、冬の前触れ。家内と焼肉屋で夕食、昼間の4時間テニスの疲れを癒す。寄る年波なのか、心地よい疲れのはずが、筋肉痛と共に、疲労感として残るようになった。先日のゴルフも朝が早かったせいか、スコアー以上の肉体的疲労感に我ながらびっくり。力の入れ過ぎがスコアーに現れ、肉体にも影響を与える、ダブル負の連鎖。さて、新たな契約がまとまり、難儀していた見積もり調整がやっと目途が立ち、安堵する。来月上旬の新規のお客さんの話がまとまれば、少しは笑顔で年末とお正月を迎えられそうである。社長さんは、年末に近づくと支払いで、心迷わす。木枯らしが心の中だけに吹かないでくれれば、人生は楽しめるし、吹かないように努力しなくてはならない。

2015年10月21日 (水)

神無月  21日(水)  初秋

朝晩めっきり寒くなってきた。朝の散歩で公園の柔らかな冷気が身体を包み、何とも言えない気分で歩を進める。リードを外してもらった愛犬は木立の中を、狩猟犬の習性なのか鼻を地面に擦り付けるように匂いを嗅ぎながら走り回っている。一時間の散歩を終え家に戻り、落ち葉を掃き、リフォーム中の娘の工事現場を一通り見て回る日課がこの数か月続いている。昨夜は世田谷区のみどり33政策の応援団の会議。相続で土地が細分化され、その煽りで民有地の高中木がどんどん減少しているのを何とか増やし、緑豊かな住宅地の景観の回復をサポートしていこうという活動。多分生涯活動になるのではなかろうか。このことに取り組む私自身のスローガンは「世田谷の地産地消の食料自給率を50%にしようである。」

2015年10月19日 (月)

神無月  17日・18日  週末

来年の世田谷美術館での展覧会の会場の予約抽選会に行く。100名ほどの申込者が見えていて抽選で申し込みの順番を決め順次希望日を予約していくシステム。53番を引き、無事、希望日を予約する。帰宅して、家内と友人のお宅に行き、マージャンをする。少し勝つ。帰宅21時。昨日は孫のお相手で一日過ごし、すっかりと爺さん生活。何となく時間がのんびりと流れ、余生感が漂った気分に老いを感じる淋しさが脳裏を去来する。さてこの気分を今後どのように活かしていくが、しばらく試行錯誤しながら、仕事との兼ね合いを見つけていきたい。作風が嗄れないようにしなくてはいけない。若々しい作風は今更と思う。円熟した面白さが出せたら、新たなステージが見えてくるかもしれない。

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2015年10月16日 (金)

神無月  16日(金)  情報

この10年で情報量が800倍になったと、マーケティングの人に聞く。なんでも情報大爆発時代らしい、そして情報のほとんどがゴミであると言う。情報の受け止め方も2秒で判定されるらしい。まあ、確かにと納得できるが、天邪鬼の私は素直には受け止められないのでこの情報は流してしまうしかなく。あくまでマイペースを貫いていくことだろう。

夜、H区長の私設秘書と会食し、これからの街づくりの話をする。これからの街づくりは農業を中心とした、グリーンインフラではないかと考えている。せめて自給率50%ぐらいの街にしたいと思っているがが話の始まり、行政に求めるのではなく、区民が区民会議を立ち上げ、行政に参加してもらうスタイルが、これからの区民参加の形ではないかとの話。盛り上がる。

帰宅後、現在進めている我が家のリフォームのチェックをして、風呂に入って一杯やりながらのんびり。錦織選手6-7,6-7で敗れたとのニュース。スケートの羽生くん優勝とのこと。この子はとても頭の回転が良いことだと思う。きっと心技体のコントロールが上手だとなのだろう、今シーズン怪我さえしなければ相当の活躍が期待できる。

わが娘が、時の人五郎丸のプロフィールの中の好きな有名人の女性3人のうちの一人に選ばれているのを見てびっくりする、大ニュース。今日の情報はこの程度で終わりましょう。

2015年10月15日 (木)

神無月  15日(木)  復活

滞っていた、想い記を書き始める。

長い文章は書くまい。

遊びの話、子供、孫の話、建築の話、料理と酒の話、友人の話、その他これから係っていく多くの事象の面白く、楽しい話のことを書き置きたい。そう、仕事の話はなるべく書きたくない、ただ仕事から生まれる。楽しい話はご迷惑にならない程度に書いてみたい。

毎年恒例の中学生の職場体験の受け入れ、今年は3名、3日間。模型作りに取り組んでもらう。P1200284P1200286P1200288完成模型

外環道東名ジャンクションの工事で見つかった。殿山横穴墓群。保存の価値ある壮大な景観

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2015年8月31日 (月)

葉月 31日 潮目

今日で8月が終わる。35度の猛暑にうんざりしていたら、なんと月末に近づくと、一転秋雨前線の影響か気温が急激に下がり、あの猛暑日はどこに行ってしまった家の感。夏休みの宿題の追い込みにはありがたいことではないかと思う。今年の8月は戦後70年と重なって安保法案の衆議院強行採決で、国民が戦争への危機感が募り、昨日は国会前に12万人のデモ。地下鉄の駅から外に出してもらえずに、至る所で警官との小競り合いが起こる。全国で100万人のデモとアピールが行われ、平和への祈りにも似た抗議デモ。この活動が、政治に無関心であった若者にも危機感が共有できたのか、政治への関心が高まった。参議院で再度、強行採決をされないことを見守るしかない。戦後民主主義の潮目になるかの正念場。来年の参議院選挙ではこのことを忘れずに、投票しなくてはいけない。心に念じておこう。

2015年8月12日 (水)

葉月  12日  暗澹

戦後70年と騒いでいる。戦争の責任を国民に詫びたことがない、政府とマスコミ。他国にはあやまるたびに、金をせびられ。進駐軍はいまだ大手を振って日本の行く末を支持し、コントロールし、金を巻き上げやりたい放題。その上中国や北朝鮮との有事の時には、自衛隊を矢面に立て、戦いたいために、法案を変えようとしている。敗戦から70年間はこれほど惨めで、情けなく、誇りを持てない国に成り下がってしまったのだろうかと、ここ数か月の読書から感じる次第である。戦後史の正体・敗戦永続論・敗北を抱きしめて・日本は何故基地と原発を止められないのか・死都の日本。こんな本を読んでいると暗くなるのは当たり前だよなー。今週はお盆週間、少し気温が下がり過ごしやすくなったと思い気や、湿度が高く、気分はすぐれない。孫が手足口病に罹り、発疹はひどいが発熱は一日で下がり、今は元気にしている。長女が今月末に亭主の実家が有る秩父に引っ越して行き、そのあとに次女家族が引っ越してくるので、築24年の我が家の大改装が始まった。暫く職人さんの出入りで騒がしくなるが、これが終わると、私ども夫婦も爺婆的生活に入ることになるのだろう。ゴルフにテニス、マージャンで過ごす晩年。

2015年8月 7日 (金)

葉月  7日  同居



長女家族がが8月末に、ご主人の実家のある秩父に引っ越し、そのあとに次女家族が引っ越してきてくれることになり、老夫婦は二人だけの差にしい生活を送らなくて済むのだが、次女が、この家を相続していくことになるので、我が家4回目の改装工事が始まる。築23年、屋根の全面張り替え、外壁の塗り替え、一部間取りの変更と3か月間の工事となる。暑い盛りなので少し居住環境が悪くなるのが、憂鬱であるが、おじいちゃん孫のためならばと我慢するしかないかと納得せざる得ない。 その上軽いぎっくり腰が下腹部の筋に影響しているのか、重いものを持ったり、過度の作業をすると痛みが走る。人は癌の疑い有りだの、脳溢血に注意したほうが良いなどと忠告してくれるが、本人は臆病風が吹き、医者での精密検査は、避けている。ただ体重を60キロ台にしようと考えて節制しているのだが、後3キロの壁が乗り越えられない。来週からお盆週間、民族大移動が始まる。今年は中軽井沢に25年前に設計したお施主さんからお誘いが有り、愛犬と二泊三日の旅行を愉しむ。ゴルフ仲間も増えたので、これからはつき2回のプレーを愉しみ少しずつ上達していきたいという、野望が有る。まさしく野望なのである。ほとんどの球技は無難にこなすのだが、この小さな玉と棒の振りぬいてのコントロールの儘ならなさゆえに、野望と言うことになるのである。月末から理事長杯の予選が始まる、2度目の制覇に向かって意気込みは上々。

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2015年8月 3日 (月)

葉月  03日  酷暑

第一声が 暑ーい。夏だから当然と言えば当然なのだが、局所豪雨だったり竜巻であったりと、帰所の変化がすこしおかしい。経済至上主義の副産物と言えないこともない。これからは開発途上国が経済発展してくると、この気象がどのようになるか注視しておかなくてはいけない。話題には事欠かない昨今であるが、当たり障りのないところでお天気の話となったが、心中は穏やかではないが、最近少し成長したのか、あきらめの心境なのか、状況が良い方向に向いていないと感じても、穏やかに対処できるようになった。歳のせいだけでなく、現状認識を穏やかにとらえることができるようになってきた。何故なら、これほどめちゃくちゃな権力者たちの行いを、毎日のように報道されていると、少しは賢くならないと胃に空いてしまうからである。月例で久しぶりに95を切ることができた。このような小さな日常を愉しみ、充実させていくことぐらいしか、頼りないご時世の中で時を無意味に過ごさないことの意味がある。

2015年7月31日 (金)

文月  31日   再開

連日の猛暑に少し凹んでいる。その上原因不明の腰痛でテニスもできない状況。無理が祟ったのか、それとも年相応の肉体の反応か。いずれにしろ若い頃のように無茶な酷使は止めておかなくてはいけない。国立競技場問題も呆気なく白紙になり、だれが責任を取るでもなく、新たな動きになっているが、まだまだ心配は尽きない状態。この際、箱モノは止めて、緑豊かな公園にしたらいかがでしょうかと、FB上で提案しているが、まるでお相手にされない。さもあり何、土建国家の体質にどっぷりと浸かってしまった世間様は、何かにつけ新しモノ好きなので、おいらのこんな提案なんって検討の俎上に上がることはないに等しい。駅近、賑わいが大好きな多くの国民は新国立競技場の完成を夢見てしまうのだろうな。ちょっとあなたたち一歩下がって、国家経済の現状を考えた上で夢見てよと言っても、これまで国家にいいようにコントロールされてきた多くの国民には意味をなさない問いかけなのだろうな。福島原発の後始末、安保法案、火山活動の活発化、東南海、首都直下、千葉県沖地震の発災確率の異常を考える、この国の真の安全とはなんなのかと考えされるが、総理お得意の仮定の話には組しない、起きてから考える論。オオなんて幸せな国なんだろう。相変わらずゴルフは上達しないし、仕事も自転車のペダルを踏みまくっているし、国の在り様や、身の回りの状況に文句ばっかり言っている日常である。

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